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2011年7月11日月曜日

宮城県東松島市レポート その2 山田珠実

16日朝、8時20分に仙台・ARCT事務局の伊藤みやさん、ダンサーの千田優太がホテルまで迎えに来て下さり、千田さんの運転で東松島市にある子育て支援センター「ほっとふる」に向かいました。

目的は、主に今後のワークショップのためのリサーチのようなことでした。
「日本プライマリケア連合学会(PACT)」(http://www.primary-care.or.jp/-care.or.jp/)という医療関係の団体がダンサーの派遣によるワークショップに関心を持ってくれたので、まずPACTの派遣する先生たちとお母さんたちの相談会に同席し、子育て支援センターのスタッフや、来訪するお母さんや幼児たちの様子などを実際に見聞きして、今後の可能性について話し合えればということでした。

「ほっとふる」で感じたこと

10時前にPACTの先生たちより前に「ほっとふる」に到着。
たぶん、私たちは「ほっとふる」の施設スタッフにとって、直接「行きましょうか」「来て下さい」という話をした相手ではないので、何となくどう関係してよいのかがよく分からない対象であるのかもしれない、と感じました。それももっともだと思いました。

前日の夜、吉野さんと早川さんと、もし、「ちょっとワークショップのようなことをやって下さい」という提案を受けた場合、どんなことをしようかと2時間程度打ち合わせをしていましたが、そのような提案はどうも生じなさそうな雰囲気でした。

実際、お母さんたちが来て、「ほっとふる」の運営する会が始まってみると、「ほっとふる」のスタッフというのは、つまり、お母さんたちに子どもとのコミュニケーションスキルを伝えるワークショップファシリテータでもあることがよく分かりました。彼らが保育士の資格を持つ育児の専門家として指導や施設の運営にあたっていて、お母さんたちの抱える問題解決に自分たちが助力したいという職業意識と誇りを持って活動されているのを感じました。

彼らの立場に立ってみると、ダンサーや振付家がやって来て、自分たちとは別の角度のワークショップをお母さんたちに提供するということについて、意義を感じるというのは、なかなか簡単ではないかもしれない、と内心思います。アーティストの持つ専門性のようなものは、小児科医の先生とか栄養士の先生の持つ専門性に比べるとやはり分かりにくいのだろうなと。

さて、一時間半のプログラムは、以下の様に進みました。
スタッフのファシリテーションによる、歌と手遊びの紹介→2人一組でゲーム感覚の自己紹介→プライマリケア学会の先生たちの紹介→自由な質問の時間(歩ける子供たちも思い思いに遊ぶ)→それぞれの先生からのサマリー

全体を通して、あくまで『子供を育てること、子供の成長と健康について』のプログラムでした。勿論、子育てに関する、それぞれ個人の悩み相談のようなことは起こっていたのですが、『母親』という立場に強調を置かない形で彼女たち自身の心や身体について感じたり考えたりする時間は殆どなかったように思いました。
多分被災地に限らず、子育て支援センターは、当然、育児についてのプロにより運営されることになるので、それ以外の視点は持ち込まれにくい場であるかもしれません。

そんなことを感じつつも、お母さん達から先生たちへの質問タイムの間、自由に遊んでいる子ども達とニコニコ楽しく関わったりしているうちに、スタッフの皆さんも私達がいることに慣れてくださったようにも思います。プログラムが終わり、お母さんと赤ちゃんたちが帰宅された後のお茶の時間では、やっと気心が知れはじめた印象もあり、小児科の先生やボランティアできていたスタッフの肩甲骨周りをマッサージさせてもらったりして交流しました。

率直な印象として、「ほっとふる」のような社会福祉の場が、もし、アーティストやダンサーのワークショップを望むとしても、例えば、私自身のように『京都からワザワザ』という形ではなく、地元感覚で関係できる仙台のアーティストとの関係を望むことが当然だろうなと感じました。継続して、長期的に、一緒に支援できる相手との関係が重要なので。その意味でARCTの伊藤みやさん千田優太さんと一緒に訪問できたことはとてもよかったと思いました。


出会ったお母さんたち、子どもたちについて感じたこと

プライマリケアー連合学会の小児科の先生は「お母さんたちの様子は、他の地域と特別異なるようには見えない」と感想を言ってみえましたが、私にも、経験が少ないなりに、その様に見えました。勿論、お母さん達が曇りなく「明るく!元気!」に見えるわけではないけれど、かつてWSで出会った乳幼児の母さん達を思い出してみても、皆さん多かれ少なかれ悩みや、戸惑いを抱えていたように思います。この土地だから特別大変な状態にあるという印象ではありませんでした。

ただ、それは『だから、大丈夫』ということでは全くない。やはり、ある一日の1時間半の間に端から見えることはあまりに限られているので、それぞれのお母さんがどのような不安をどのような強さで抱えているのかは殆ど分からないのだな。と思いました。
そして、ひょっとしたら、繰り返し交流している「ほっとふる」のスタッフにとっても「分からない」ことは多く残って当然なのだろうと思いました。
相手の心の中の出来事は『分からない』という前提にまず立って、その上で、何か提供できることがあるのか模索すること、やわらかく繊細に相手を観察する視点を磨くこと、短絡に「分かった」ことにしないまま、分け合いたいと願うこと、それらが必要なのだなと改めて感じました。


仙台、ARCTの皆さんにお会いして感じたこと

仙台市街は既に、地震について知らなければ気がつかないほどに修復がなされていました。メディアテイク内の素晴らしい図書館には多くの人々が、とても静かに読書をしていて、その様子が寡黙で粘り強い東北人の印象と重なりました。同行下さった、伊藤みやさんも千田優太さんも寡黙に考えコツコツ実行する方々のように印象しました。千田みかささんが聞かせてくださった海外青年協力隊での体験や避難所ボランティアについてのお話もとても貴重でした。

やはり地元での活動基盤が既にある土地については、それをどのようにサポートし、資金や人材(実際に活動できるアーティストの人数)の不足を補うかをまず考えていくべきなんだなと肌で感じました。個人的な感情としてARCTの皆さんに、また会いたい、彼らが向き合ったいる問題を私も一緒に考えてみたいと思いつつ、例えば私のような振付家が短い期間滞在する場合、その土地で既に活動しているアーティストと実質どう有機的に結び付きうるのかな?とイメージができるような、できないような感じです。

鈴木拓さんが「地域のアーティストに対し、ワークショップファシリテーションをスキルアップできるような研修が必要だ」と言われていたのが印象に残ったのですが、その研修は被災地以外の土地で、被災地で活動しているアーティストを招く形で行っても良いのではないかと思いました。移動することで被災地のアーティストのエネルギーもリフレッシュするでしょうし、地域を隔てたアーティスト同士の経験の共有も活性化するのではないでしょうか?勿論、資金の問題はありますが。

長文失礼いたしました。

山田珠実
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