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2011年6月30日木曜日

野田村に関して。--佐藤美紀

被災地の復興は東京に近く、新幹線も止まる仙台から入るから、北の外れである野田村は復興に時間がかかると思い、ボランティアに来始めた人たちも多いらしい。
でも、実際には、進んでいる!
これには、やはり訳がある。

被災状況の大変さに比べると、亡くなっている方が少なく、行方不明者も早い段階でゼロになっている。
津波が来る前、村の人達が、声を掛けあって避難をしていたらしい。
湾の向きも多少助けになっている。
漁師達は海のことを知っている。

それに、海の人は前向きなんですって。
盛岡の山の人が言っていた。

地元のキーパーソンが明確なのも良いと思う。
行政だけだは間に合わないのだから、近隣の久慈を含めたNPO団体や地元の名士たちが、上手く作用しているように見受けられた。

しかし、プレハブの仮設住宅は住みにくそうである。
お隣りの声が聞こえてしまう→ひっそりと生活をする→会話をしなくなる
引き篭もりをつくっては、ならないよー。高齢の一人暮らしもあるだろうし。。。
これでは良くない。『ごめんね、今日は誕生日でパーティやっているからウルサイけど許して。良かったら参加しませんか?』
みたいな関係をご近所と作れないと!ですよね。

カラダホグシの場で、お年寄りと母と子供たちが一緒に動いていた。
いつも会わない人と会うのは楽しそうである。
気分転換。
一度でなく、数回繰り返すことにより、より一層お友だちになれるのではないかな。

そんな地元密着のワークショップが、毎月回っていったら、アチコチで行われていたら、ホンのすこしでも、生活を変えることが出来るかな?
今回、えぼし荘の皆様には、顔と名前を覚えていただけたので、継続して行くことが、大事だなぁ~と思う。

そして、東京での活動に生かすことだよな。
アーティストが行く意味。
硬い報告書ではなく(笑)やわらかすぎるブログだけどnice!な写真達と今後の展開。

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